中途半端が一番良くない

試験が近づいてきました。

中1にとっては初めてのテスト。何も言わずとも緊張感をもって挑めるのでは。特にCLEARの中1生は頑張れる生徒が多いので、しっかりとした準備をしてくれるはず。

中2は、世間では中だるみの学年と言われることもあります。中2病という言葉もあるように心配な時期ですが、それが逆にチャンスです。自分さえしっかりしていれば、成績を大きく伸ばすのがこの時期です。

そして、中3、受験学年です。それぞれが自覚を持って取り組めるはず。中2の頃と違うのは、周囲の意識も高くなってくるということ。自分は頑張っているつもりでも、周りもがんばるので、これまで以上に頑張らなくてはいけない学年です。

それぞれの生徒が、高い意識を持ち試験まで過ごしてくれるはず。

そして我々、塾講師の使命!それは「生徒に結果を出させること。」そのためにできることは何でもやる。授業で教えることは当たり前、授業外での質問対応も大切。「教える」だけではなく、やる気を出せせるための声かけもすれば、厳しいことも生徒に言う。

そして、近年、大切なことは、やるべきことの選別。

近年、机間循環をしていたり、質問対応をしていると、少し的はずれな学習をしている生徒を見かける。試験範囲もあるし、「これくらいは自分で考えてできるであろう」と生徒に任せていると、試験前の大切な時期なのに、もったいない時間の使い方をしている生徒がいます。だから、個々の得手不得手を考慮したり、習熟度を加味して、やるべきことの選別をしてアドバイスしていくことが大切になってきたと感じています。

例えば、生徒が学校や塾の共通の問題集を持っていたとしても、問題を選抜してあげて、個々の生徒がやるべき問題を選別。あれこれやって、中途半端に終わらないようにナビゲートしてあげることも我々の仕事の一つです。

大人数の大手塾ができないようなところに、目が行き届くようにアドバイス(カウンセリング)しながら進めることができるのが、CLEARの強み。

次のテストもその強みを生かして、生徒には最良の学習環境の提供を目指してゆく。

中学英語のテコ入れ

今年度より始めたCLEARの新たな挑戦は、

未来ラボ(小学生プログラミングコース)
自立学習ジム(高校生クラス)

大きな取り組みとしてはザックリとこの2つ。これら以外にも細かなことを挙げれば、eトレ個別演習や小学生新聞の導入などもあるのだが。

そこで、俺(長谷川)個人の教務的な新たな(…というと大袈裟なんだが)取り組みも。それは、中学生英語の教科書本文指導を復活させたこと。塾講師になりたての頃、英語の授業は文法指導と教科書本文指との二本立てだった。けれども、高校受験が学力検査重視に傾き始めた頃から、授業を文法指導のみとし、実力錬成に重きを置いた授業スタイルに切り替えた。前職時代晩年(?)からそのスタイルを続けてかれこれ5~6年程になるのだが、思い切って教科書本文指導を復活させた。理由はいろいろあるのだが、第一の理由としては、Speaking=音読の時間を増やすためだ。

CLEAR中学部の授業は各科目50分1コマ/週が基本。故に文法も教科書本文もとなると、かなりタイト且つハイペースで進めなければならないのだが、そこはご安心を。一工夫してあります。

神奈川公立入試の膨大な英文量、4技能が求められる新大学入試、より一層、英語の総合力を身につけていかなければ!と思った故の英語指導のテコ入れ。読めれば書けるようにもなる。また読むことで実は聴く力も鍛えられる。短時間・短期間で効率よく、も必要なことではあるけれど、そこを突き詰めすぎると肝心なナカミが残念になることも多々。

授業が良ければ全て良し、ではなく、成果・結果が出てナンボであるのが世間の目。とはいえ、成果・結果さえ出ていれば授業内容=過程は何でもアリ、とも思えない。授業はやはり学習塾が学習塾たるうえでの根っこであるようにも思う。再び原点に立ち返り、少しでもいいものを子どもたちに提供していけるよう努めていきたい。

「得意科目を伸ばすべきか?」それとも「苦手科目に時間をかけるべきか?」

「得意科目を伸ばすべきか?」それとも「苦手科目に時間をかけるべきか?」

よく生徒から聞かれることです。

昨日のブログでは、「令和の塾はこうなっていくのではないか??」とAIが入ってくる話を書きましたが、少し気になっていることがあります。

いろいろ便利になりすぎて、「見たいものしかみない」「やりたいことしかやらない」ということができてしまう世の中になってきている。

近年のコミニュケーションの特徴だとは思いますが、インターネットが当たり前になり、多様性がある時代になったように見えますが、実際は「見たいものしかみない。」ことができるようになっています。

ニュース記事もPCやスマホで見ると、自分の興味があることが、自動的に検索されます。これは便利に見えますが、自分が興味、関心がないことに、大切なことがあったりします。知らないことを勉強するからこそ成長もします。それが便利になったことで、実は「大切なことができなくなってきた」と感じています。

話を戻します。

「得意科目を伸ばすべきか?」それとも「苦手科目に時間をかけるべきか?」

学年や時期にもよりますが、結論は両方です。手っ取り早く点数を上げるならば、「得意科目」の方が早いかもしれません。伸びしろを考えれば「苦手科目」の方があると思います。

大切なことは「やりたいことだけやる」または「やれる」ようになった世の中だけに、自ら選ぶだけではなく、これまで社会がやってきたことに従って学ぶことも重要なことです。

だから生徒には「得意科目」も「苦手科目」もどちらも一生懸命に取り組むように、と聞かれれば伝えています。

「得意科目」で自信を育むことも、「苦手科目」をやれる心を育むことも、どちらも選ぶことはできるわけなく、どちらも大切であると考えます。

個々の習熟度や試験までの時間を考慮して、優先順位は考えなければいけないでしょうが、選ぶことのできない2つです。

令和になりました

本日から令和となってからの講義が始まります。最初は令和になることを、自分の中では大きなこととは捉えていなかったのですが、世間の様子を見ていると、「時代の変わり目」ということを実感せずにはいられなくなってきました。ゴールデンウィーク10連休も含め、非日常感のあるここ数日であります。

昭和を思い出しても、平成を振り返っても、自分自身の環境も、世の中も大きく様変わり。こうやってくると令和もあらゆることが大きく様変わりしていくはず。どんな未来になっていくのでしょうか。

身近なところでは塾はどうなるのか?

教育はどうなるのか?

平成の30年間をみても、大きなところでは「ゆとり教育」があり良くも悪くも、大きな変化がありました。昭和の頃まで戻れば、竹刀をもっている先生も当たり前のようにいました。今とは全く環境が違います。

では、令和は??

どんな風に塾業界が変わっていくのか、今はわかりません。でも、AIはどんどん入ってくるでしょう。もう既に、社会にも家庭にもAIが多く導入され身近なものになってきました。便利になりすぎて受け入れられない方も世の中には多くいると思いますが、この流れはおそらくは止まらないと思います。

教育の世界でも少しずつその導入が始まってきたのが、まさに平成末期からこの令和にかけて。これから様々な形で利用していくことになるでしょう。今は学校では先生が同じ教科書を使って、一様な内容を黒板を使って指導しています。それが、AIが先生の代わりとなり、それぞれの子どもに合わせたカリキュラムをつくり、より習熟度に合わせた指導が行われるかもしれません。

「教育の本質は今も昔も変わらない」という方もいます。それが正しいのか、それとも変わっていくのか。常にアンテナをはりながら、より「生徒のためになることは何か?」を模索しつづけていかなければならない時代になっていくことは間違いないと日々考えさせられます。

宿題=約束事

CLEARの塾則には
「宿題忘れなどを初めとする受講姿勢に著しく問題があれば、帰宅措置とする場合もある」
というような旨を明記している。これには体験生も含まれる。
余程のことがない限り帰宅措置とすることはないのだが、先日、ある中学生を叱り飛ばし帰宅を命じた。

◆帰宅措置としたのは…
理由は度重なる宿題忘れ。やってきていないことを確認し理由を問うたところ、沈黙したまま「ごめんなさい」も言えなかったので、有無を言わさずその子を別室に放り出した。再三にわたり注意をするも改善の余地なしと判断し、親御様に電話、帰宅措置とする旨を伝えた。
人間だもの、ついうっかり忘れてしまうこともある。しかしながら、今回の件、今年度が始まってから何回目だろうか。宿題の在り方も塾それぞれ。分量が多い塾もあれば少ない塾もある。そもそも宿題を出さない塾もある(明確な意図があるうえで)。CLEARは宿題を出す。けれども、分量は決して多くはない。1週間もあれば容易く完遂できる分量だ。

◆約束を守れる・「ごめんなさい」が言えるに人間に…
たかが宿題、されど宿題。授業内容の復習として、また、テスト対策の一環として、その目的や意図はさまざまではあるけれど、教科学習のみならず、別の想いもある。

「約束を守れる人間になれ。」

宿題=約束事という想い。きっちりと取り組める人間になってほしい。約束を守れる人間、「ごめんなさい」が言える人間というのは周りから信用されるものだ。信用のある人間は、皆から支えてもらえる、かわいがってもらえる。そんな人間に成長してほしい。

本人の猛省を期すため、心を鬼にして帰宅措置としたのも、そんな想いが根っこにある。

ドリルとトレーニング

小学校の頃、「ドリル」というものをよくやっていた人も多いのではないでしょうか。そもそも「ドリル」とは何でしょう?演習とは違うのでしょうか???

調べてみると、「ドリル」は習慣的、反射的に行われる訓練のこと。「トレーニング」は能力を向上させるための訓練だそう。

学習以外でもよく使われることがある言葉なので、これが学習のことを言っているとは言い切れませんが、その違いはわかります。これまでの塾では講義が主です。講義があって次に「ドリル」や「トレーニング」という流れがありました。

それが、最近は演習をしないとテストで結果を出せないということもあり「トレーニング」に力を入れる塾が増えてきました。eトレを入れたCLEARもそうです。問題を解いた量が多くの人にとっては、テストの点や偏差値に直結していっていると感じています。

また、「ドリル」ですが、「ドリル」に力を入れているのが、公文かもしれません。他にも、最近は見なくなりましたが、昔ならば「そろばん」も「ドリル」と言えるかもしれません。自分が子どもの頃は、近くにそろばん教室があったので、数年通っていたりしました。今は、そろばん教室も少なくなり「ドリル」という学習に力を入れている教室は少なくなってきたのかもしれません。

最近の傾向として「思考力を伸ばそう」という方向性が世の中にあります。「暗記に頼らず、自ら考える力が大切である。」という流れです。これだけインターネットが発達し、多くの人がスマホを持っている時代、昔ではでは調べることが大変であったことも、今は「検索」という方法で、探している情報に容易くたどり着くことができます。そんな中、暗記よりも思考力というのは自然な流れです。

受験でも思考力重視の流れがあります。入試の問題を見れば、数年前とはかなり傾向が変わってきました。10年前の入試と解き比べればかなり違うことに気がつきます。また、中学入試でも、「入試」を実施してきた学校が、「適性検査」に変えていく学校があります。いわゆる「旅人算やニュートン算のように学校の勉強だけでは無理」という入試スタイルから、適性検査に変更してきた学校が増えたように思います。

そんな流れに乗ることも大切です。ただ、それと同じくらい基本に戻ることも大切なのではないかと感じています。生徒の中には「ケアレスミスが多い」タイプの子がいます。一番心配なのは、「あとでやったらできた。」と言って、ケアレスミスを大したことないと自分に言い聞かせているタイプ。こういうタイプはきっと、次回も似たミスをするでしょう。

「思考力を身につける」ことや「ケアレスミスをなくす」ことは別のベクトルではなく、様々な基礎的な事項が身についているから、「思考力」の問題も解けるようになるし、「ケアレスミス」も減ってくるのではないかと思います。そうなると、『「ドリル」的学習が最近足りていないのではないか!』と感じるようになってきています。

「これくらはできて当たり前だからいいでしょ。」と思わず、ドリルの目的である「習慣的、反射的に行われる訓練」がスラスラ解くにはとても大切な要素です。様々な問題に対し、スラスラ解けるようになれば、時間的にも心理的にも余裕が生まれ、焦ることなく問題に対し集中できるようになれます。

どの学年も夏以降には学習内容が難しく、進度も早くなります。少し進度的に余裕があるこの時期にドリル的学習を増やして、夏以降に瞬発力がある学習に取り組めるようにしていきます。

CLEARの小学部って?

近年の神奈川公立高校入試。問題の難化、そして、一部の高校における競争率の激化が著しい。受験校によっては「塾は中学に入ってから…」では遅いのというのが現実。小学生のうちに確かな基礎力を身につけておくことは中学進学後の大いなるアドバンテージとなる。そこで、CLEAR小学部の取り組みを少しだけご紹介。

◆基礎トレ(選択)
個別演習システムeトレによるプリント学習。基礎・基本~応用・発展レベルまで小単元ごとに自由自在に学習していくスタイル。

国算理社に加えて英語の学習も。

◆国語(必修)
漢字・読解・作文の3本立て指導。ここでは漢字の取り組みについて。

ただ書いていくという単純作業にならぬよう、文の中で考えながら習得していく。

分からない漢字は自分で調べるように指導。自力で解決できる力を身につけさせたい。

◆算数(必修)
学校教科書準拠+理数的思考力。ここでは後者について。

一般的な教科書準拠指導に加えて、空間認識力や情報活用力などの思考力を磨く時間を毎回の授業で設定。

「考える力」を伸ばすためのさまざまな工夫が凝らされているテキストを使用。

◆英語(選択)
小学英語の教科化を見据え、文科省の新テキスト「We Can!」で学習する表現・単語を学習していく。

「読む・書く・聴く・話す」の4技能をバランス良く学習していく。

オリジナルプリントで英作文テストをすることも。

◆他
「子ども新聞」で社会常識や言葉の知識・読解力を身につける。

授業時間内に新聞を読む時間を設定。これは「コンビニ24時間営業の見直し」についての記事。読んだ後に感想などを述べてもらう。

高校受験に関わる中学生につい力が偏りがちな塾。それではいけない。小学生からの確かな積み上げがあってこそ、中学校での飛躍が期待できる。スーパー小学生の育成に本気で取り組んでいきたい。

 

 

全く塾とは関係ないことですが、散歩ブログ(大山桜)②

「ここを通ったら必ず閉めてください。」と書いてありましたので、指示通り閉めると、ここからがハイキング???(山登り)の始まりです。

桜は今週末くらいまではおそらくは大丈夫(?)のような気もしますが、見に行く人はしっかりとした靴をご用意することをオススメします。普段履くような街履きのシューズだと後悔することになります。

山へ山へと、山の中へどんどん進んでいます。週末だというのに人はそれほど多くはいません。静かな世界がそこにはありました。

あまりに人とすれ違わないので「道はあっているのか?」と不安になりつつも、たまにすれ違う人には挨拶。徐々に汗を書きながらどんどん登って行きます。

すると、山の中から桜色が!!少し脇道に入ったところにありました。樹齢400年というだけあって、街中でみる桜よりも圧倒的に大きな巨木です。山の中に一本大きな桜の木がドン!と待ち構えていました。たくさんの木々の中にあっても負けない圧倒的な存在感がありました。

さらに進むと、他の桜も!「ハア、ハア、ゼエ、ゼエ」言いながらどんどん登っていきます。その時の模様がこちら。

結構険しいです。冒頭にも書きましたが、しっかりとした靴を履いていかないと後悔するような場所です。ですが、そこをがんばって行くと!

桜の向こうに相模湾、そして江ノ島や三浦半島まで見えます。桜と一緒にこれだけの風景を見ることができる場所はなかなかないのではないでしょうか!

他にも大きな桜が二本あるのですが、そちらは少し散ってしまっていました(残念)。また、来年四本ともが咲いている時期にチャレンジしたいと思います。

 

伸びる子と伸びない子との決定的な違いとは

微力ながらもこれまでさまざまな子どもたちの学習指導に携わってきた。教えていると、「この子は伸びる!」と感じる子とそうでない子とがいるのが現実。今回はタイトルにもあるとおり、「伸びる子と伸びない子との決定的な違い」をあくまでこれまでの経験則から述べていきたい。以下に、現場で体感してきた「伸びる子の資質」を列挙してみた。親御様には参考にしてもらいたいと思う。

①耐性を備えている子
何かを継続したり完遂したりする力も、まずはこの耐性が備わっているかどうかにある。少々の困難や苦難にもめげず、ここ一番グッと踏ん張れる子は何事においても強い。これまで教えてきた子たちで、いわゆるトップ校と呼ばれる高校に進学していった子たちには、ほぼ例外なくこの耐性が備わっていた。部活でヘトヘトに疲れていても、体調があまり良くなくても、学校の宿題やら何やらで忙しくても、少々のことでは塾を休むことはない。自分自身への厳しさを備えている。
②素直な子
何でもかんでも鵜呑みにするのは良くないということが大前提ではある。けれども、自分自身のやり方に固執するがあまり、なかなか他人からのアドバイスを聞き入れられないというのはよくあること(子どもも大人も)。自分なりのやり方があるのは決して悪いことではないけれど、それが確立するまでは、まずは素直に人の意見に耳を傾け、実践してみることだ。合う合わないはその後考えれば良いわけで、いわゆる「食わず嫌い」になってはいけない。自分にとってはNGと思えることも、まずは取り入れてみる。ともすれば思わぬ可能性が広がることも。素直さは人間としての幅も広がるだろう。
③「なぜ?」を考えられる子
全ての学問の出発点はこの「なぜ」にある。なぜ少子高齢が進んでいるのだろう。なぜ空は青いのだろう。なぜ…。一見すると「???」なことも、一定の原理・原則を理解すれば納得できることも多い。無理な丸暗記をすることも少なくなるため記憶にも定着しやすい。いわゆる「デキル子」は質問の鬼である場合が多い。自分で考えてもどうしても納得できないことについては、とことん質問してくる。前職時代も今も。幼少期から知的好奇心をくすぐるような体験を数多くさせておきたい。
④親のためではなく自分のために頑張れる子
子どもが頑張るモチベーションの一つは「親に褒められたい」だ。テストの点数然り、成績然り。小学生ぐらいまでの子のほとんどはこの「親に褒められたい」が頑張る源。それが、やがて自我が芽生え、親離れしていく中で、これまでのモチベーションなるものが失われていく。「何のために勉強するのか、頑張るのか」の自問自答を繰り返す。そこで新たに「自分自身のため」と意識を変えられる子は伸びる。頑張る基準がいち早く親の尺度から脱した子は特に社会に出てから強い。
⑤切り替えのできる子
「よく遊びよく学べ」とは昔からよく言われることだけれど、この仕事に就いてからは確かに真実だなと思うようになった。普段は友達とも良く遊んでいて「いつ勉強しているの?」と不思議に思うもしっかりと好成績を取るような子。こういう子は切り替えがしっかりとできる子だ。真面目に授業を受け、可能な限りその場で理解を深めることに努めるが故に、テスト前になっても慌てることもない。それとは逆に、不真面目に授業を受け、理解できていないことが蓄積されるが故にテスト前に大変な思いをする。だから、オンとオフ、切り替えのできる子は得てして集中力にも長けている。

これらから言えることは、科目の知識云々というような、机上の勉強方法などではなく、日常の生活習慣や親との関わり方が大事だということ。親御様にとっては耳の痛い話であることを承知の上で…。
「不思議なもので、子どもは、親の言うことは聞かなくても親のすることは真似するものです(無意識のうちに)。まさに『子どもは親の鏡』。ですから、子どもに勉強してほしいなら、まずは親が勉強する。子どもに素直になってほしいなら、まずは親が素直になる…。そんな姿勢が大事なような気がします。」

「『頑張れ』と子どもたちに言う以上、まずは自分がそれ以上に頑張らなければならない。」と常に(出来ていないけれど…)自分自身に言い聞かせているのは、こんなところに理由がある。

全く塾とは関係ないことですが、散歩ブログ(大山桜)①

春期講習が終わった週末に静岡の方まで桜を見に行ったのに引き続き、一昨日の土曜日は近場の大山桜を見に行ってみました。講習中は花見に行くなんてできないので、今年は桜がこの時期まで残っていてくれて嬉しいです。

先日、静岡では、久能山東照宮や駿府城公園に行ったのですが、多くの人で大賑わい。駿府城公園ではお祭りもやっていたので、楽しい雰囲気を味わうことはできたのですが、ゆっくり桜をみる感じではなかったので、どこか人が少なく桜が見られるところはないかと思い、近場の大山へ行ってきました。

阿夫利神社や大山登山は何回かありますが、大山桜へは数十年ぶりです。まだ自分が若かりし頃に見に行ったことがある場所で、桜並木がある場所とは違い、大木の桜が見られる場所となっています。そして、見に行くには多少の体力も必要な場所でもありますのでそれほど人も多くなく、週末でもゆっくり見ることができました。おそらく平日なら、よりゆっくりとした時間を感じることができる場所だと思います。

まず、最寄りの駐車場に車を停めると良い天気なこと。季節の変わり目ごとには訪れている場所ではありますが、これほど良い天気なのは珍しいかもしれません。

そこから、大山小のすぐ脇を看板に従って進んで行きます。大山小にも桜はありましたが、今回の目的はここではありません。看板にはハイキングコースとは書いてありますが、案内図以上にハードなコースだと自分は思います。

大山桜の看板に沿って行くと、「本当にここであっているか??」と心配になると入り口に・・・。看板がなければ絶対に進むことはないであろう入り口があります。書いてある文を読んでみると鹿対策の扉だそうです。

(続く)