来年度の小学生英語は塾っぽい指導に回帰しようと思う

2020年度より小学5・6年生で英語が教科化されてからというもの、学校の成績を追いかけるべく教科書準拠的な指導を続けてきたけれど、来年度以降は少し舵を切ろうと思う。

はい、塾っぽいガチガチの英語指導に回帰しようかなと。

文科省の呼び声の下、学校でも塾でも4技能!4技能!4技能!と、ひたすら、「読む・書く・聴く・話す」をバランスよく学習することが求められているけれど、やはり理想と現実とは違う。小学英語の教科化を受けてからというもの、中学英語が想定を越えてレベルアップし、中1から早々に英語脱落者が出るわ出るわ・・・(..;)

小学校の英語の授業が少なく、また、それがほぼ「聴く」「話す」に終始していることにより、中学進学後の、「読む」「書く」、そして「覚える」という学習についていけなくなる子が多くなった

ゆえに、塾っぽい英語指導への回帰。

もちろん4技能をバランスよく学習するのが理想。でも、塾はあくまで学校の成績向上、志望校合格が第一義。「聴く」「話す」を指導しないわけでは決してないけど、優先順位としては「読む」「書く」を先に、これらをきちんと習得できるよう指導しようと思う。

何が正解か分からないけれど、塾としてできることに最大限の力を注ぎたい。

礼を尽くして義を重んじる

SNSが普及してからというもの、年賀状を送ったり受け取ったりする機会がすっかり減ってしまった。でもそんな中、毎年必ず届く年賀状。それは前職時代にご縁のあった方。

俺が教室長を務めさせてもらっていた頃、縁あってその担当教室の時間講師として働いてくれていた彼。学生のため時間講師=アルバイト、だったのだが、とてもアルバイトとは思えないほどの真面目で熱心な働きぶりを今でも覚えている(その辺の正社員よりしっかりしてたと思う笑)。教材研究、授業準備、生徒とのコミュニケーションに至るまで、手を抜くことなど一切ない。理系なのに社会の授業をしてくれたり、高校生の数学を見てくれたり・・・本当によく助けてもらった。また、彼だけではなく、当時は本当に仲間講師に恵まれていたなぁとつくづく思う。至らないことだらけの俺を支えてくれて、まさに講師一丸となってその教室を切り盛りしていた。この場を借りて、改めて・・・感謝!(^^)

就職が決まり塾を辞めた後も、毎年彼から、お中元、お歳暮が届いた。そして、実はそれは今でも続いている。俺が前職を辞し、このCLEARを立ち上げてからも、毎年毎年、メッセージも添えられて・・・。恐縮してしまうとともに、心から有り難く思う。“モノ”ではなく、いつまでも気にかけてくれていることに・・・。

いい歳して常識をわきまえず、礼儀知らずな大人が多い中、
礼を尽くして義を重んじる」、
そんな言葉を地で行くような、律儀な男。

10歳ほど下だけれど、彼から学ぶことは多い。見習わなければならないといつも思う。俺も彼のように筋の通った生き方ができているだろうかと、自問自答する日もある。

この素晴らしいご縁を、
ずっとずっと大切にしていきたい。
これからも宜しくお願いします。

勉強合宿2025冬の章 後記

年末に行った、中学生を対象とする「勉強合宿2025冬の章」。
少しだけ振り返ってみたい(詳しくはこちら)。

参加してくれた子どもたちには、目標シートにこの合宿期間中の目標と、全行程終了後の振り返りを書いてもらった。

以下、一部をご紹介。原文のままなので誤字や脱字はご勘弁(^^ゞ(あくまで子どもたちの思うままに書いてもらったため、書き途中で添削はしていません)。

この合宿を通して学んだこと・気づいたことを書いてください。
●苦手なものも、時間をかけてやりつづければ、多少でも出来るようになること
●自分はこんなにもおそくまで勉強できる、ということが分かった。また、自分で考え、しっかりと理解できるような、勉強が少しでも学ぶことができた。
●*人分1人ではこんなに勉強する事は出来なかっただろうけど、同じ事をしている仲間が居る事でけいぞくして*取り込むことが出来た。自分の勉強出来る時間の限かいをしった。
*おそらく「自分」の誤り *おそらく「取り組む」の誤り

この合宿は、学力の向上はもちろんのこと、人間力の向上も目的としたもの。1泊2日で15時間、午前中から日付が変わるまで勉強なのだが、ただ長く勉強することに価値があるのではない。ただ長くやれば良いのであれば、わざわざ合宿をするまでもなく、教室で朝から晩までカンヅメになって勉強すれば良い。むしろ学力向上のみ、効率の観点から言えば、こんなマラソンのような勉強ではなく、短いダッシュを何本も繰り返すような勉強の方が望ましい。

人間力の向上も目的。だから、合宿。
眠い、諦めたい、投げ出したい・・・に打ち克つ耐性を少しでも身に付ける。今までなら面倒くさくて中途半端に放り出していたことも「オリャッ!」と踏ん張る。大人も子どもそうだが、逆境のときこそ、その人間の真価が問われるものだ。そして、同じ釜の飯を食い、一緒に風呂に浸かり、部屋で語り合い、分からない問題を教え合ったりしながら絆を深める。

参加してくれた子どもたちの成長を実感できた合宿だった。
数年ぶりであったため一抹の不安もあったが、開催して良かったと心から思う。一回限りのただのイベントにするつもりはない。来年度は夏・冬で開催することを検討中。
改めて。
参加してくれた子どもたち、ご理解いただけた保護者様、
ありがとうございました。

SNSに投稿されていた「勉強することの意義」、その深すぎる内容に激しく共感。

以下はSNSに投稿されていた、「余命半年の教師の母が息子に言った“深すぎる”勉強の本当の意味」。その内容があまりにも秀逸だったので、通塾生や保護者の皆様と共有したく引用させていただきます。

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何で勉強なんかしなきゃいけないの?という質問に教師の母が机にコップを置いてこう答えた

「算数」を学べば、この中に200mlの水があるというように、数字で“見える”ようになり
「理科」を学べば、この水は水素と酸素からできていることが知れる
「社会」を学べば、この水がどこから来たのかがわかり、そして世界にはこのきれいな水を飲むことができない人たちがいることを知れる
「美術」を学べば、この水の反射を綺麗に描く事ができるようになるし
「音楽」を学べば、同じコップでも水の量で音を変えられることにも気付ける
「技術」を学べば、このコップがどんな素材でなぜ漏れないかがわかり、人の“創造”の凄さを知ることができる
「保健体育」を学べば、この水が体にどれだけ大切なのか健康を支える命の正体が見えてくる
「道徳」を学べば、この水を誰かと分け合うことの大切さを学べて、思いやりの心が育つ
「国語」を学べば、今私が話した“全部の意味”を“正しく”理解できるようになる
「英語」を学べば、この話を世界中の人と分かち合えるようになる
「哲学」を学べば、この話に何の意味があるのか考えられるようになる

でももし、何も学ばなかったらこのコップの中にあるのは「ただの水」で終わる
だから勉強するの

この世界をただ見ているだけの人生で終わらせない為に

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勉強することの意義、その本質を見事なまでに言語化されていることに脱帽。
激しく共感します。

厳しさの基準

巷では弊塾は「厳しい(怖い?)」という評判が立っているようだ。
そんなわけで、弊塾が厳しく指導するときというのはどんなときかというのをまとめてみた。

①“度重なる”宿題忘れ
⇒一度や二度の「ついうっかり」はある、人間だもの。だから、それくらいのことで厳しく指導することはない。でも、「繰り返し注意しても改善しない」「何度も連続で忘れる」場合に限り厳しく指導しています。
②“度重なる”持参物忘れ
⇒①と同じ。一度や二度の「ついうっかり」は誰にでもある。そうではなく、再三の忘れの場合に限り厳しく指導しています。
③小テスト等があっても勉強してこない
⇒塾内で行う各種小テストには基本的に合格点を設けてる。合格できなければ合格するまで何度でもチャレンジしてもらうのだが、合格できなかったからといって厳しく指導することはない。空欄だらけの答案と言ったような、明らかに勉強してこなかった、努力の跡がまるで見られない、と言った場合に限り厳しく指導しています。
④授業中の私語
⇒というか、そんな子はうちの塾にはいません。私語なし、立ち歩きなどもっての外、授業は凜とした空気に包まれています。
⑤挨拶をしない
⇒こういう子もうちの塾にはいません。皆ちゃんと挨拶ができる子たちばかりです。
⑥無断欠席・無断遅刻、約束事を守らない
⇒論外。勉強以前に最低限のマナーやルールを守るように指導しています。
⑦塾内の風紀を乱す言動(学習面・生活面)
⇒CLEARは真摯に頑張る子どもたちが集う塾。場合によっては退塾勧告や即退塾とします。

弊塾の厳しさの基準はこんな感じ。でも、いずれも当たり前のことだと思うんだけどな・・・。じゃあ、“厳しくない塾”って・・・以下のような塾?

①“度重なる”宿題忘れ
⇒“主体性”が大事、面倒ならやらなくてOK。
②“度重なる”持参物忘れ
⇒忘れても誰かから借りればいいよ。
③小テスト等に向けて勉強してこない
⇒学校のテストじゃないし、ドンマイ。
④授業中の私語
⇒周りに迷惑をかけない程度でほどほどに。
⑤挨拶をしない
⇒挨拶なんていいよ、勉強さえできれば。
⑥無断欠席・無断遅刻、約束事を守らない
⇒できるだけちゃんとしてね。
⑦塾内の風紀を乱す言動(学習面・生活面)
⇒不正行為、いじめ・・・、見て見ぬふりをするしかないか。

・・・って、これって塾か(^^ゞ?

噂や評判というのは尾ひれ背びれが付きもの。それらが独り歩きして、とんでもなく厳しく、怖い、と思われているのかも。まぁ、それならそれで致し方ないとは思うけど、守るべきことをきちんと守らずに“厳しくない塾”であるよりも、CLEARは“厳しい塾”であることを大事にしたい。

中学英語のつまずきポイント

中学英語にはいわゆる「つまずきポイント」がいくつかある。その中でも、特につまずきやすく、英語に苦手意識が芽生えやすくなる単元を敢えて各学年2単元ずつ挙げるとすればこんな感じ。

中1
① 初めての一般動詞
既習のbe動詞との使い分けで苦戦。きちんと区別しておかないと、Are you like~?とかI play not~とか、平気でやってしまう(汗)。とにかくbe動詞・一般動詞それぞれの役割をちゃんと理解しておかないと、決して大袈裟ではなく今後の英語学習に影を落とす。
② 三単現
複数形との違いが分からなかったり、そもそも三人称単数の意味が分からなかったり…。特に上記①をきちんと身につけてこなかった子は、とにかく大混乱に陥り、成績が急降下することもあり得る。
中2
① to不定詞
<to+動詞の原形>を学ぶことで、表現の幅が一気に広がるため、それを英文中のどこで使えば良いか分からなくなる。ちなみに動名詞(~ing)とごちゃまぜにしてしまい、I like to playing tennis.なんてやらかしてしまう子も出てくる。
② 比較
~erや~est、more~やmost~、そして、better~やbest~など、とにかく覚えることが多いため、どういうときにどの語を使えば良いか、どのように語を変化させれば良いかの理解に時間がかかってしまい、定着しないまま授業が進んでいってしまうことも。
中3
① 現在完了形
過去形との区別がつきづらい。そのため日本語で理解しようとすると難しい。ザックリいえば、過去形は現在と切り離されていて、現在完了形は過去と繋がっているというようなイメージ。そもそもこの「現在完了形」という名称が理解を難しくさせているような気も…。
② 後置修飾(関係代名詞・分詞)
入試でも受験生を悩ませる後置修飾。英語力というより日本語力(主語や述語、修飾語の理解)の乏しい子はここで大苦戦する。修飾⇔被修飾という関係をしっかりと理解しないと手も足も出なくなる単元。

そんなわけで、塾では只今、中1は②の三単現を、中2も②の比較を学習中。いずれも十分な練習を重ねて、誰一人として“脱落者”を出さずに乗り越えていきたいところだ。ただ、今年の中1に関しては、極一部を除いて勉強を苦手とする子が多いため、例年より時間がかかるだろう。粘り強く、しつこいくらいに繰り返し繰り返し取り組ませていかねば。

受験は筋書きのないドラマだ

中3受験生にとっては事実上最後と言っても過言ではない、第3回定期テストまで2週間を切った。
「このテストを乗り越えれば内申点が確定する。いよいよだ。入試に向けてここから本当の戦いが始まる。」
この時期になってくると、否が応でも塾講師として受験に向けて意識が高揚し始める。決して大袈裟な話ではなく、受験は筋書きのないドラマのようなものだ。ホンキであればあるほど、中3受験生一人ひとりがその“主人公”に見えてくる。

これまで様々な“主人公”を見てきた。一人ひとり、今でも鮮明に記憶に残っている。その中でもとりわけ強烈なインパクトを残した子たちのことを一部紹介したい。

英数を克服!入塾時から卒塾時の成績が爆上がりしたN(前職の塾)
中1の3学期に入塾してきたN。英数の基本がほとんど身に付いていなかったため、連日呼び出し補習を実施。英語はbe動詞・一般動詞の使い方がトンチンカン、数学は方程式が極めてあやしい状況。英語の基本中の基本、数学の方程式、これらがままならないというのがどれほどマズイ状況か、想像に難くないことだろう。しかも中1の3学期で、だ。物静かだが、素直さと芯の強さの両方があるような子で、ちょっとやそっとのことじゃへこたれないタフさもある。だから、厳しい指導に泣きながらも必死で食らいつき、成績は徐々に上昇。英語は得意教科にまでなり、最終的に43/45、驚異の13段階UPを成し遂げ、第一志望の平塚江南に合格。イラストなどが好きだったNは、その後は多摩美術大学へと進学し、デザイン系の会社に就職。CLEAR開校をどこかで聞きつけたらしく、ロゴのデザインなど、何か力になれることがあったら連絡をください、と名刺をいただいた。今も元気にしているだろうか。

塾が第二の家?目標を見出してから覚醒したN(前職の塾)
「Nが家で勉強するようになったんです!」
面談時に親御様が驚きと喜びの声を上げながら言われた。今でも覚えている。そう、全く勉強しなかったN。入塾したのは中2の2学期。当初の成績はオール3もなかった。でも、何をきっかけにやる気に火がついたのか、入塾後ほどなくすると、「塾はオマエの家か?汗」とツッコみたくなるほど自習しているNと顔を合わせるようになった。もともと能力はある子だったため、勉強量に比例してメキメキと力はつき、テストの点数も上がった。ただ授業態度等が問題でどうしても成績が付かない。オール3になるのがやっと。そんなNが目指していたのは、あろうことか平塚江南。無謀とも思える挑戦をしようとしたが、「二次選考狙いなら可能性はある。ホンキなら頑張ってみろ。」と、俺は背中を押した。でも、やはり現実はそう甘くなかった。どうしても模試の結果が合格ラインに届かない。最終的に大磯に志願変更し、合格。それでも、Nの内申を考えれば、大磯でも大逆転の合格だった。

評定1も?中3の1学期の成績が20にも満たなかったK(前職の塾)
評定1が複数あり。成績が20/45にも満たなかったKが入塾してきたのは、何と中3の夏期講習から。時期が時期だけに、条件付きで入塾を許可した。評定に1が付くような子だ、学力以前に学習姿勢に難があるのは承知していたが、一度だけ烈火の如く叱責した後は、言葉遣いや授業に臨む姿勢も激変し、授業のない日は自習に来てはと、それこそ生まれ変わったかのように真面目に勉強するようになった。成績も1は消えてオール3程度まで上昇した。努力が評価され自信につながったのか、茅ヶ崎を第一志望に。入試本番ギリギリまで目指したが、なかなか模試の結果が奮わない。最終的に茅ヶ崎西浜に志願変更し合格したが、当初は公立合格そのものが難しい状況だったことを考慮すると、Kもまた大逆転合格であることは間違いない。

入塾当初は「目指せ小田原!」…も、やる気に火がついたM(CLEAR)
MがCLEARの門を叩いてくれたのは中2の春。とても真面目そうな子で、当初の第一志望は小田原だった。中2の秋頃だったか、努力が結果となって表れ始め、学校の成績や学力テストの点数も着実に伸びていった。今のような頑張りが受験まで続けられるなら…そう思って志望校を湘南にしてみてはどうかと勧めてみた。本人にとっては寝耳に水だったようだが、次第に意識し始め、学校説明会にも行き、ついにはホンキで目指すことに。ギアが完全に一段階、いや二段階上がってからの頑張りは凄まじく、中3の第3回定期テストでは学年トップを獲得。努力の鬼と化したMは、勢いそのまま貪欲に高みを目指し続け、湘南に合格。ちなみに高校部も継続してくれて、大学受験でも第一志望に合格。

中2で成績が30まで落ち込むも中3で挽回!本番の勝負強さも際立ったA(CLEAR)
小6の夏に入塾してくれたA。時に空気が読めないところもあるが(汗)、いつも陽気でクラスの雰囲気を明るくさせてくれていたのが印象的。決して自分から勉強するようなタイプではなく、とりあえず言われたことはやる程度。そんなAが身を持ち崩し始めるのが中2。学習意欲はほぼなくなり、いわゆる典型的な中2病(もはや死語?汗)に。塾をサボったことも…(笑)。成績は30/45まで落ち込んだ。ところが、中3になってから持ち直す。自己を見つめ直し真摯に進路と向き合うようになった。点数の割に成績が付かないのは授業態度や提出物のせいと反省し、学校での学習姿勢も改善、何と40/50まで成績は上がった。目指すは平塚江南。しかし、内申はともかく模試で結果が出ない。志願変更を勧めたこともあったが、意を決してそのまま挑むことに。我々の心配をよそに本番では最高得点を叩き出し、見事に合格。高校部も継続してくれて、大学受験でも第一志望に合格。「学校の先生になる」という夢に向かって今も邁進中。

記録更新は不可能?定期テストで伝説的結果を叩き出したA(CLEAR)
中1の夏に入塾してくれたAは、前述のMに負けず劣らずの努力の鬼のような子。加えて負けず嫌いも相まって、Mをも凌ぐ定期テスト結果を叩き出すことになる。それは、内申点を決する事実上最後の定期テスト、中3の第3回定期テストのこと。5科計242/250、9科計439/450。これは今でも破られていない、もはや伝説的とも言える結果。中1ならまだしも中3でこの結果は凄まじいとしか言いようがない。おそらく今後も破られることはないだろうとも思いつつも、「誰かに記録を更新してほしい」と、やはり心のどこかで願ってやまないのも本音。「定期テストと入試は別」と、この結果に胡座をかくような素振りは微塵も見せなかった。Aの強みは、自身の至らぬ点を謙虚に認め、それを克服するための努力を惜しまず出来るところにある。また、責任感も強く、一度決めたことはやり抜く。それが見事に活かされ、小田原に合格。

今年はどんなドラマが紡がれるのだろうか。
中3受験生、CLEAR第10期生の皆、
今度はキミたちの番だ。

勉強は質?それとも量?

「勉強の仕方が分からない」

勉強が苦手な子にとっての常套句かもしれない。その結果、やらない。分からなくもないけれど、果たしてどれだけの「量」をこなしているのだろうか。

こう言う子の皆がそうでは決してないけれど、得てして「手っ取り早く、効率よく」を求めるがゆえに二言目には「勉強の仕方が分からない」と口にする。でも。「ちょっと待て」と言いたくなる。確かに、要領よく。テクニック的な要素も多少は勉強には必要だろうが、それは、一定の基礎学力が備わっていてナンボだ。

基礎学力を身につけるには、一定の量をこなさなければならず、そのためには、それ相応の時間が必要だ。それなりに長く机に向かえる、いわば「勉強体力」が備わっていなければならない。勉強の合間に休憩しているのか、休憩の合間に勉強にしているのか分からないような状態では、必要な量をこなせるわけがない。基礎体力が身に付いていないのに、いきなり実戦的なトレーニングをしようとしてムリが祟るスポーツと同じだ。
勉強もスポーツも、いわゆる基礎練習というのはつまらないものだろう。同じことの繰り返しだから、つまらないし、メンドクサイし…。でも、それを経なければ上達しないし、“ケガ”をすることもある。つまらなかろうが、メンドクサかろうが、まずは「土台」を身につけることが大事。

もちろん、ごく希に、サラッと目を通すだけで内容を理解出来る、数問解いただけで出来るようになる、そんな天才のような子もいるだろう。でも、大半がそうではない。そうでなければ、まずは量をこなすのが絶対で、そのための時間を机に向かうことに費やせる勉強体力が必要だ。要領やらテクニックやらなどというのは、そういう基本的な姿勢が備わってから言うもの。

勉強体力がない、例えば、集中力が続かない、落ち着いて座っていられない、長続きしない…。勉強に限らず、物事に対する耐性や持続性、ともすればその子の根っことも言える部分。批判や誤解を覚悟のうえで言えば、それは親の教育によるところが大きい。学校や塾といった、外部の指導でそれらが劇的に改善されるというのはなくもないけれど、極めて希だろう。

「勉強の仕方が分からない」と言う前に、まずはそれなりに長く机に向かい、それ相応の量をこなしているかを見つめ直すことが必要だ。

まずは量をこなさなければ、質は磨かれない。

机に向かっているわりには成果が表れない、「ナンチャッテ勉強」をしていないだろうか?

勉強している気になっているだけで実は勉強になっていない、“ナンチャッテ勉強”。その典型例をピックアップしてみた。「自分なりに勉強しているのに、成果が…」という子は、どれくらい当てはまるかチェックしてみよう。

⑴ 負荷をかけない勉強
□ ノートまとめで満足してしまう
□ 何も考えずとにかく書きまくる
□ 間違えても答えを写すだけ
□ ノートやプリントを眺めているだけ
□ 得意なこと・出来ることしかやらない
□ 繰り返さない
□ すぐ人に頼る

⑵ 「自律」できていない勉強
□ スマホがないと落ち着いて勉強できない
□ 誘惑のある環境でつい勉強しがち
□ 誰か(友達・親)と一緒でないと勉強できない

⑶ そもそも勉強とは言えない勉強
□ 丸付けをしない
□ 間違い直しをしない
□ 解き方も丸付けもとにかく雑
□ 行き当たりばったり
□ 読めなくてもそのまま覚えようとする(漢字や英単語)

<正しい勉強の仕方>
① 負荷をかける
単純作業出来ることだけやっていても力はつかない。「ちょっとしんどいな」という量、「少し難しいな」というレベルの問題に果敢に取り組んでこそ力はつく。筋トレと同じ。
② 繰り返しやる
授業を聞いて分かったつもりになっても、それは出来るようになったわけではない。スポーツと同じように、出来るようになるには反復練習が不可欠。「ワカル」と「デキル」とは区別しなければならない
③ 誘惑とは一定の距離を保つ
やらざるを得ない環境に身を置くことで、ユルい環境ではなかなか出来なかったことが出来るようになるものだ。

教科書を正しく読めているか?

数年前に買ったこちらの書籍(続編も販売中)。久しぶりに読み返している。

これを購入した経緯は、読解力が著しく低下している目の前の子どもたちを見ていて危機感を覚えたから。どうにかできないものかと思い手に取った。

ここに書かれている読解力とは、例えば夏目漱石の小説とか外山滋比古の評論とか、そういう意味での読解力ではなく、あくまで文章の意味内容を理解するというごく当たり前の、基礎的な読解力のこと。けれども、この読解力が特に中高生で著しく低下していて、それに警鐘を鳴らしているのが本書。

例えば、以下の問題を読んでみてほしい(本書より引用)。

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問)次の報告から、①~③で確実に正しいと言えるものには○を、そうでないものには✕を、それぞれ答えなさい。
「公園に子どもたちが集まっています。男の子も女の子もいます。よく観察すると、帽子をかぶっていない子どもは、みんな女の子です。そして、スニーカーを履いている男の子は1人もいません。」
①男の子はみんな帽子をかぶっている。
②帽子をかぶっている女の子はいない。
③帽子をかぶっていて、しかもスニーカーを履いている子どもは、1人もいない。

引用:「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井紀子著
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もちろんは①のみ。これを大学生6000人に解答してもらったところ、正答率はなんと64.5%だったとのこと。
また、中高生には次のような問題で調査。同じく本書からの引用。読解力チェックとして解いてみよう(答えは当ブログ最下部)。

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⑴係り受け
「Alexは男性にも女性にも使われる名前で、女性の名Alexandraの愛称であるが、男性のAlexanderの愛称でもある。」
この文脈において、以下の文中の空欄に当てはまる最も適当なものを選択肢のうちから選びなさい。
「Alexandraの愛称は(  )である。」
①Alex ②Alexander ③男性 ④女性

⑵照応
「火星には、生命が存在する可能性がある。かつて大量の水があった証拠が見つかっており、現在も地下には水がある可能性がある。」
この文脈において、以下の文中の空欄に当てはまる最も適当なものを選択肢のうちから選びなさい。
「かつて大量の水があった証拠が見つかっているのは(  )である。」
①火星 ②可能性 ③地下 ④生命

⑶同義文判定
「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた。」
上記の文が表す内容と下記の文が表す内容は同じか。「同じである」「異なる」のうちから答えなさい。
「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた。」
①同じである ②異なる

⑷推論
「エベレストは世界で最も高い山である。」
上記の文に書かれていることが正しいとき、下記の文に書かれたことは正しいか。「正しい」、「間違っている」、これだけからは「判断できない」のうちから答えなさい。
「エルブルス山はエベレストより低い。」
①正しい ②間違っている ③判断できない

引用:「AI vs. 教科書が読めない子どもたち」新井紀子著
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調査結果としては、中高生の3人に1人が、このような簡単な文章を正確に読めなかったとのこと。

小難しい評論でもなければ、重厚な小説でもない。教科書に書かれてあるような“ただの文”。でも、こういう文が正しく読めない中高生が多いのはホントのこと。指導現場では肌で感じている。だから、例えば数学が苦手な子を見ていると…

「数学ができないのか、あるいは、問題文を理解していないのか。」

…と思うことも。

また、本書には、基礎的読解力と偏差値とは、極めて相関が高いというデータも紹介されていた。確かにそう思う。いわゆるデキル子というのは、例外なく基礎的読解力が備わっている。

あらゆる教科に影響を及ぼすのが読解力。
まずは教科書を正しく読める力を。

 

問題の解答
⑴① ⑵① ⑶② ⑷①