だから努力は尊い

高校部の通塾生は、そのほとんどが中学部の卒塾生だ。
中には小学生から通ってくれている子、また、高校受験時に第一志望に届かなかった子も…。長くご縁をいただいていること、悔しい想いをさせてしまっても通塾を続けてくれていることに、ただただ…感謝。

そんな高校生だが、前職時代で印象に残っている子がいる(ここではMと呼ぶことにする)。地元のトップ校(公立)を受験したけれど、今一歩届かず併願の私立に進学した。
今でも昨日のことのように思い出す。高校受験期、本当に直向きに努力する子だった。成績(内申点)はその高校を受験するうえでは平均的だったため、入試当日にどれだけ点数を取れるかが勝負。でも、模試の点数がなかなか伸びない。受験校の再考をしたほうが良いと判断し、何度か話し合いをしたこともあるけど、Mの想いはぶれなかった

「私立覚悟でも挑戦したいです」

合格の可能性は高くはなかったが、決して非現実的な受験ではなく、持っている力を十分に発揮できれば合格できるかもしれない、そう信じて本人の意思を尊重することにした。もちろん親御様の意思も確認したうえで。
しかし、現実はそう甘くなかった。壁に跳ね返されてしまったMを思うと、もっと説得して志願変更をさせるべきだったかと自責の念に駆られた。

その代の高校受験を最後に前職を辞したため、その後Mがどうなったのかは分からなかったが、3年後に突然連絡が来た。それは…

「第一志望の青山学院大学に合格しました!」

という報告だった、
嬉しかった。本当に本当に…心底嬉しかった。覚えていてくれたことはもちろんだけど、高校受験での悔しさをバネに大学受験で夢を叶えたことが…。

長くこの仕事をしていて様々な子と接していると、「こんなに頑張っているのにダメなのか…」と、“報われない努力もある”、そう思わざるをえない現実と向き合う場面がどうしてもある。Mもそのうちの一人だった。
でも、だ。報われるという保証があれば、誰でも頑張るだろう。そうではなく…

報われる保証など決してないにも関わらず頑張ることができるからこそ、努力は尊く価値がある。

ムダな努力など決してない。そのとき報われずともそこに至るまでに積み重ねた経験というのは、必ず自分の糧になる。結果だけに価値を求めるならジャンケンで良い。そんな想いを強く抱くようになったのは、跳ね返された現実も、乗り越えた現実も、その両方を経験したMのことがきっかけとなっている。

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