「楽しい=楽(ラク)」じゃない

「楽しければいい。」

こういう考え方を否定するつもりはない。「下手だろうが出来なかろうが、とにかく楽しければいい」というのも一つの考えだ。それをああでもないこうでもないと外野が言うのも無粋だろう。とは言え、例えばスポーツであれば、記録が伸びたり試合に勝てたりした方がもっと楽しいはずだ。芸術活動だって、楽器であれば上手に演奏できるようになったり、絵画であれば美しく描けるようになったりした方がもっと楽しいはずだ。勉強にも似たようなところがある。出来ないより出来た方が楽しいに決まってる。そして、楽しいと感じられるようになれば、周りが放っておいても自ら進んで取り組むようにもなる。

ただ、「楽しい」と感じられるようになるには練習が必要だ。スポーツも、芸術活動も、そして、勉強も。尚且つ、「ちょっときついな」と感じるような一定の負荷のかかった練習が。筋トレ一つとっても、全く負荷のかからない腹筋や背筋をやっても、楽々と持ち上げられるベンチプレスをやっても、筋肉はつかない。一方、負荷がかかりすぎると筋肉を痛める。勉強も同じ。超がつくほどの基本問題、およそ入門レベルというような問題ばかりを解いていても、力はつきにくい。逆に、難しい問題ばかり解いていても、出来なくて気持ちが萎えるだけだ。だから、この「ちょっときつい」という微妙なレベルが大事。

楽をしていては楽しいと感じられるようになるのは難しい。楽しいと感じるためには、やはりそれ相応のガンバリを伴う。その先に「楽しい」がある。そこを、ナンダカンダと理由をつけてやらない子と、「おりゃ!」と踏ん張ってやれる子とで、どうしても差がついてしまう。突き詰めると、根っこは耐性や非認知能力かなとも思う。そして、これらは、学校、ましてや塾の指導でどうこうするのには限界がある。そこはやはり親御様の存在、関わり方が大きい。学力とか身体能力とか、そういうことではなく、親御様自身のさまざまな経験値。困難に打ち克った経験、成し遂げた経験、(成功でも失敗でも)挑戦した経験・・・そういう経験の尊さや有益さが我が子に伝わっているかどうか。そう、「伝える」ではなく「伝わる」

楽しめるようになるには、楽をしていては難しい。
楽しい=楽(ラク)、じゃない。

★次回更新時は「中学生第1回定期テスト結果」を公開予定!
CLEAR通塾生のガンバリを是非ご覧ください。

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