迷ったら茨の道を進め

「迷ったら茨の道を進め」

考え方や価値観は様々だけれど、特に若い頃はこうあってほしいと思うオジサンです(笑)。

「多くの人たちが通る整った平坦な道」か、
「誰も通ったことのないような茨の道」か。

平坦な道=困難なき道。
多くの人が通るためすでに整備されていて、後に続く人ほど楽に通ることができる(…と言っても人それぞれだろうけど)。ノウハウも確立されているので、それを踏襲すれば一定程度の安定が保証される。

一方、茨の道=困難な道。
ほとんど、あるいは、まだ誰も通ったことのないような道。地図などない。何が起こるかは進んでみなければわからない。その険しさから進むのを躊躇ってしまうかもしれない。でも、道を切り拓いていく高揚感、成し遂げたときの達成感は何事にも変え難い。

現代のような時代だからこそ

今の日本という国はとても恵まれている。先人たちが積み上げてきた努力と知恵のお陰で、衣食住に困ることはほとんどないし、病を患っても医者に罹ることができる。そんな“当たり前”の、何不自由のない生活を享受できている。もちろん、様々な事情でそれがままならない人もいるけれど…。

通信環境の発達が生活の利便性を加速させた。仕事、娯楽、交際、買い物…ありとあらゆることがネットで事足りてしまうようになった。自ら動き、汗をかき…というようなことをせずとも。実際、スマホさえあれば良いという人もいるだろう。
言ってしまえば、頑張る“必要”がない、それほど頑張らなくても何とかなる時代。若い世代ほど現状に満足しているのではなかろうか。だから、いわゆるハングリー精神がないと言われたり、「どうしてそんなに頑張らないといけないの?」と疑問に思ったり、という人がいてもおかしくない。ややもすれば、「頑張れ」と声をかけることすらパワハラと言われかねない時代(ワケがわからん…汗)。

でも、そんな時代ゆえに、
「生きている」という実感が湧きにくい。
生きていることの尊さを肌で感じにくい。
だからこそ、あえて茨の道を進むという選択には価値がある。もちろん頑張らなくても何とかなってしまうので、そういう人を否定するつもりは全くない。頑張らなくてもそれなりに楽しく過ごせるだろうし、「今のままでいいや」という人に押し付けるのは野暮なことだ。ただ、茨の道を進むときの高揚感や達成感、あの何とも言えない感覚を覚えることもまたないだろう。茨の道どころか、平坦な道ですらおんぶにだっこされてしまうような、甘えられるものにはどっぷりと甘えてしまう人も中にはいるけれど(汗)。

だから思う。いくつか選択肢があって迷うときは「茨の道を進め」と。もちろんタフな経験もするだろうけれど、やらずに後悔するよりやってみて後悔したほうがいい。やってしまった後悔はすぐに消えても、やらなかった後悔はいつまでも残るものだ

失敗したっていいんだ。失敗しないと学べないこともあるし、何より成長の糧になる。どうせ失敗するなら、若いうちにたくさんしておいたほうがいい。いくらでも取り返せるのだから。歳を重ねると失敗しづらくなっていくものだ。そもそも“失敗”は失敗じゃない。「何もしないこと」が本当の失敗だ

県下の伝統ある公立トップ校・湘南高校も、
「最も困難な道に挑戦せよ」
がスローガンだしね。

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