プライベートですみません(^^ゞ~切なくも大事な三月~

久しく投稿していなかったプライベートブログ。
今回はかなり真面目に…。

昨日、3月19日は恩師の命日。
今年も無事に墓参りに行くことができた。

この学習塾という世界に飛び込むきっかけを与えてくれた人。俺にとって、先生でもあり、上司でもあり、そして、人生の師でもある。
決して裕福ではなかったけれど、中学生の頃は小規模塾…というかほぼ個人塾(?)に通わせてもらっていた。そのときの塾長だった人。厳しく、怖い先生だった。でも、どこか温かく、頼りになる先生。
その後、縁あってその塾の講師としてアルバイトをさせてもらえるようになり、塾の世界にどっぷりとハマった(笑)。途中、某私立高校で非常勤講師の掛け持ちもしていたが、何がきっかけだったか忘れたけれど、塾の方が向いていると感じ、いつの間にやらこの世界で生きていくことに決めた。

塾講師として、男として、人としてどうあるべきか。
言葉ではなく、背中で学ばせてもらったような人。

奇しくも俺が前職を辞することになった同日に亡くなってしまった。今から9年前のことだけれど、恩師のこと、自分自身のこと、あまりにも衝撃的過ぎて、今でも鮮明に覚えている。それから毎年欠かさず、命日には墓参りに行っている。

3月はもう一人、大切な人との別れがあった。

父が亡くなったのも3月。
ちょうど三回忌を迎えたばかり。

基本的には温和な人だったが、キレたらヤバかった。高校生の頃に一度、遊び回って夜中に帰ってきたときには、鬼の形相で木刀を持って待ち構えていたのを今でも覚えている(汗)。十代後半から二十代前半頃にかけてはケンカばかり。話すことも、顔を合わせることすら嫌だった。
最期は病院ではなく家で迎えたいと、生前からそう強く望んでいた父。だから、身体に大きな負担のかかる延命治療はお願いせず、あくまで生活の質を維持することを優先し、訪問看護や介護の方にお世話になりながら、最期まで自宅で過ごした。俺自身も何かあったときにはすぐに駆けつける日々が続いた。
昭和のオヤジを絵に描いたような頑固者。母ともケンカばかりで、手を上げることもあったが、最期に「お母さんを頼むぞ…」と言い残して逝った父は、やはりナンダカンダ言いながらも母を想っていたのかな…なんて息子ながらに思う。

だから3月は、
少し切なくも、
大事な月。

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