キレイごとと言われようとも…能力と努力と…!

先日の新中1英語の一コマ。
最終日の学力テストに向けて、春期講習中は基本単語の習得…というよりは、発音からスペルの推測・連想ができるようになり、それを前提とした上での日本語からの英語変換ができるようになることを最低限の目標としている。
テキストからの単語をテスト(28問満点合格)する旨をおよそ1週間前に告知し、テスト当日を迎えたのだが…。8割の通塾生は努力の跡がうかがえる答案、残り2割は「この1週間何をやってたの?」という答案。

「この1週間、何をやってきた!これが努力と言えるのか!!?」
一喝。数ヶ月ぶりにこの学年に雷を落とした。
「一生懸命頑張ってきた子と一緒に勉強する資格はない!出て行け!」
著しく努力を怠ったと思しき子を別室に放り出した。

その後、改めて子どもたちを集めて皆に話した。

「なかなか覚えられない。やってもやっても出来るようにならない。能力の差はどうしてもあるだろう。でも、だからといって努力しなくてもいいなどどという理屈は通らない。そうあるべきではない。目標を達成するヤツ、成果を上げるヤツというのは、やはり努力をしている。誰にも負けない努力を。人より劣っているなら何倍も努力する。あの子が5ページやるのなら、俺は(私は)10ページやろう。あの子が1時間勉強するなら、俺は(私は)2時間勉強しよう。これが努力だ。能力の差を埋めるのは努力しかない。」

「勉強が苦手=ダメ」なんてことはない。断じてない。だからといって、
「勉強が苦手=努力しなくていい」のではない。今の自分を越えるために精一杯頑張る、少しでも自身の高みを目指す、そこに学びの価値があると信じたい。

その一喝された子は今日、27/28問まで出来るようになった。能力には差がある。でも、それを補い力強く未来を切り拓いていくには努力しかないはずだ。きれいごとと揶揄されようとも、やはり子どもたちにはその価値を伝えていきたい。

春期講習も折り返し。情熱全開でいく!

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