ある教え子のこと①~その10(最終話)~

※これらの話は神奈川公立入試旧制度の頃のものです。

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「ある教え子のこと①~その1~」
「ある教え子のこと①~その2~」
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「ある教え子のこと①~その5~」
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「ある教え子のこと①~その8~」
「ある教え子のこと①~その9~」

「先生、俺、志望校変えようと思います・・・。」

いつになく真剣な表情でNは俺に言ってきた。独自問題における得点力がなかなかつかず、合格ラインまで届かない日々。後期選抜までもはやカウントダウンとなってきたこの時期、やはり憧れだけではどうにもならない現実を突きつけられたN、きっと苦渋の決断だったにちがいない。

「そうか、きちんとお父さんやお母さんと話し合いをしたのか?」
「はい・・・。」
「じゃ、大磯高校にするってことだな?」
「はい・・・。」

前々から、最終的に志願変更するのであれば、俺は大磯高校を勧めていた。当時のNの実力であれば、十分に合格圏内に入っているところだ。

「お前自身、後悔はしていないか?」
「…ちょっと…。」
「なかなか割り切れるもんじゃねぇよな。でもよ、ここまでホントに頑張ったじゃねぇか。ギリギリまで自分の可能性を信じてさ。高い目標に向かって頑張ってきたからこそ、今のお前があんだぜ。そうでなきゃ、お前の成績だったら、平塚江南どころか、大磯だってとてもじゃないが手の届くところじゃなかったんだから。」
「……。」
「きっと、どんな選択をしたって後悔はつきまとうもんだ。結局よ、自分で選んだ道、それが間違ってなかったって言えるように頑張るしかねぇんだよ。その選択が正しかったかどうかなんて、もっと先になんなきゃわかんねぇし、正しかったって言えるように頑張りゃよ。」
「……はい。」
「この受験を通じてずいぶん成長したぞ、お前は。最初は何も目標も持たず、ただ怠惰な毎日を過ごし、行き当たりばったりで、その場その場が楽しきゃいいって生きてきたお前が、ここまで何かに向かって努力できたんだから。」
「………。」
「でも、大磯にしたからって決して油断すんなよ。今年は競争率高いし、合格ラインも昨年よりグンと上がるはずだ。お前は実力は十分にある。でもお前のその性格、それがいちばん心配だ(笑)。」
「はい、大丈夫っす。」

そしてNは志望校を平塚江南から大磯へと変更することとなり、改めて設定した合格ライン、その突破に向けて勉強を始めた。

やがて後期選抜当日を迎えた。当日は自己採点会を行うため、中3受験生はみな入試後に塾に来てもらっている。ぞくぞくと受験生が集まり出す。そしてNがやって来た。

「お疲れさん。よく頑張ったな。はい、これ模範解答。」

勢いよくNの自己採点が始まった。受験が終わった解放感と安堵感からか、どこか爽やかな表情だった。

「先生、採点終わりました。」
「どうだった?」

自己採点だが、Nの総合点は209/250点。俺が指示したラインを見事に突破してくれた。

いうまでもなく、Nは合格を掴み取った。内申81からの大磯高校逆転合格。でも、合格以上のものを手に入れてくれたと俺は今でもそう思っている。目標に向かって努力すること、そしてその尊さを、きっとNは学んでくれたのではなかろうか。自ら目標を持ち、それに向かって努力を重ね、壁にぶつかり苦悩しながらも、最終的に自分の道を自分で決める。高校受験は、いわば自立への第一歩だと思う…。

こういう瞬間に立ち会えるから、俺はこの仕事が大好きなんです。

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