ある教え子のこと①~その4~

『夏は受験の天王山』
使い古された言葉だが、「確かに」と思う。学力向上ももちろんだが、受験に対する意識向上、これこそが夏の過ごし方次第で大きく変わってくる。受験においては、正直、学力差は秋以降でも本人の頑張り次第で何とかなってくるだろう。しかし、「意識」、こればかりはなかなか変えるのは難しい。Nは「受験生」には未だなれぬまま、夏期講習を迎えた。

その年の夏期講習は、例年以に受験を意識させる講習にすべく、入試問題と向き合う機会を数多く与えた。というのも、このNの代は、みな内申点では極めて不利な者が多く、塾生のおよそ8割以上はほぼ間違いなく後期選抜勝負となるであろう代であったため、入試に向けての得点力強化が急務であったからだ(当時の神奈川公立入試は前期・後期と分かれていた)。
まず、夏休み前半の宿題として、入試過去問1年分を課した(彼らの持っていない年度のもの)。さらに、通常の講習日程のうちおよそ3分の1は全員に居残りを指示し、その時間で過去問を次から次へと解かせていった。結果的には夏休み中に5年間分の入試過去問題を解いただろうか。Nの出来はどうだったかというと、結果としてはよくできていた。英語などは、受験に必要な文法事項を全て習得していないにもかかわらず、8割以上の得点率。同じく国語(漢字はできていなかったけど汗)。確かに力はある。そして、Nのような性格の場合、定期テスト以外の評価(ノートやワークといった提出物の優劣)も気にしなくてはならない学校の成績よりも、テストの点数がそのままシビアに評価として表れる入試の方がシンプルで分かりやすく、やる気も沸いたのかもしれない。
基本的に単純な男だった。一生懸命勉強すれば点数が上がる。中途半端な平等よりも、健全なるな序列化により自分がどの位置にいるのかが分かる。結果に一喜一憂することがあっても、自分の頑張りがすぐに数字として表れることが刺激となり、勉強するきっかけとなっていったことは間違いないだろう。
そして中3受験生にとって、夏期講習最大のイベント「勉強合宿」にも参加。その年から合宿のカリキュラムは大きく変わり、テスト・勉強・テスト・勉強…、「自分で勉強する」ということに重きを置いたものとなった。もちろんテストの不合格者には追試が待っていて、合格するまで寝ることは許されないという徹底ぶり(なかなか合格できず涙を流す受験生もいた)。Nは必死になって勉強していた。日付が変わろうが夜中の3時を過ぎようが…。
合宿を終えて、夏期講習も終盤に入った。講習の授業は2学期中間・期末の予習、そして居残りは入試対策過去問演習。中3受験生にとって過酷な日々は続いていた。そして最終日には入試対策として5科模試を実施。そこでNは200点(当時の入試は250点満点)を取った(俺の記憶が正しければ…汗)。入試得点率8割といえば、それぞれの地区の準トップ校は狙えるぐらいの得点力だ。

それでも、相変わらずNには確かな目標はなかった。しかし、何かが少しずつNの中で変わりつつあった。少なくとも、受験に向けての意識だけは…。

(つづく)

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