宿題や持参物、時間に厳しいワケは

塾講師という仕事を続けて早二十数年。さまざまな子どもたち、親御様と接してきた。十年一昔とはよく言ったもので、十年前と現在とでは、子どもたちを取り巻く環境もずいぶんと様変わりしてきた。当時はOKだったものが現在ではNG、なんてことはワンサカある。諸行無常。時代は変わり続けていく一方、変わらないもの(こと)も…。

ナンダカンダでここ小田原市国府津に塾を立ち上げてもうすぐ丸6年。地域の皆様にも少しは認知していただけたかなと思う今日この頃…と同時に、“厳しい塾”としても認知されているかもしれないので、その理由なるところをちゃんと述べてみたいと思う(実際は厳しいというか普通だと思ってる)。

今も昔も変わらず子どもたちを導いていくうえで根っこにしているのは、確かな人間力の構築。その土台がしっかりとしている子は、やはり何事においても自分自身を律することができるため、勉強でも部活でも一定の成果を収め、やがて社会に出てからも一人前として認めてもらいやすくなる。信念などというと大袈裟に聞こえるけれど、そんな想いを大事に子どもたちとはずっと対峙してきた。

だから、宿題、持参物、そして、時間などにはとりわけ厳しい。宿題や持参物などは一度や二度忘れることはあるだろう、時間も間違えることはあるだろう、人間だもの。でも、それを再三の注意にも関わらず改善の見込みがないようであれば、烈火のごとく叱りつけるようにしてる。宿題や持参物、時間の遵守、これらはある種の“約束事”。約束を守れる人間は人から信用される。信用のできる人間というのは信頼のおける人間、一人前として認めてもらえるし、周りから愛されるものだ。そんな人間になってほしい。

だから、厳しい…と思われているのかも。正直、学校の成績に響く云々は二の次。評価のため、ではなく、社会で生きる一人間としてどうあるべきか、のため。でも、十数年前と比べたらこれでも相当ユルくなったんだけどな…、当時の教え子からすればびっくりしてしまうくらい(汗)。

塾則にも、挨拶、宿題、持参物等について明記しているのは、こんな想いゆえだ。まずは人間力ありき。そのうえで学力&成績向上、志望校合格を追いかける。あまり塾らしくないかもしれないけど、子どもたちの健全なる成長を願えばこそ。

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