読書ノススメ

学校休校、そして外出自粛により、家で過ごしていることがきっと多いであろう子どもたちへ。

こんなときこそ読書をしよう。以下に個人的にオススメしたい本を紹介しておくので、是非読んでみてもらいたい。

・アルジャーノンに花束を

人間というものの姿を克明に捉えその価値を感じさせてくれる感動巨編。
世の中における価値観というものをどうやって認識していけばいいのか、そんな思春期特有の不安定な状態にある中学生にこそ、こういう本を読んで、物の価値というものをしっかりと感じてほしい、そんな一冊。
知的障害を持つ青年の変化を追い続けた作品。知的障害を持つ青年は最初、その知能指数の低さからあまりにも拙い文章で自分の周りのことを綴っていくのだが、段々と治療のおかげで知能指数が上がってきて文章もしっかりしてくる。やがて彼は超知能を手に入れ天才となり、恋も人生も謳歌し始める。しかし、彼は、ともに被験体であったネズミのアルジャーノンの様子から、自分に訪れる運命を悟ってしまう。この作品を通して、きっと、子どもたちは物の価値というものの本質を学ぶはず。

・カラフル

2010年にアニメ映画化された、森絵都の作品。
主人公が中学校3年生ということからも、等身大の中学生目線で楽しむことができる上に、とにかく文章が平易のため中高生にとても人気のある作品。しかし、その内容は大人でも感銘を受けてしまうような深く感動的な作品でもある。主人公は、輪廻の輪から外れ、天使業界の抽選に当たるというおかしな展開から、自殺を図った少『真』の身体の中にホームステイすることが決まる。
少年の体を通して見る世界、そして、中学生の素直な心を通してみるその姿は、人間の美しい部分と汚い部分が混在した、とてもカラフルな世界。主人公は、そのカラフルな世界に悩むとともに、そのカラフルさこそが素晴らしいと気付いていく。
人間社会や大人の世界というものに対して、好奇心とともに疑念や不快感を持ってしまう中学生の時期だからこそ、読んでおきたい作品。

・夏の庭

夏の庭―The Friends (新潮文庫)

当塾にもある一冊。
主人公の小学6年生木山は、親友の同級生山下が祖母の葬式に出た話を聞いてから、人が「死ぬ」ということに興味を持つようになる。そこで同じく親友の同級生河辺から、もうすぐ死んでしまうであろう近所の一人暮らしの老人を見に行ってみないか、という話を持ちかけられる。それから木山たちは、毎日のように老人の様子を「観察」しに行くようになるのだが、とうとうある日、老人と鉢合わせに。そこから老人と木山たちの「交流」が始まっていく。やがて少年たちは、戦争にまつわる老人の過去を知り、「死」の重さや残酷さを理解していく。
人は死ねば誰であろうとも「無」となる。どんなふうに生きても、生きようとしてきたとしても、死んでしまったらそこで終わりとなる。そしてどれだけ願っても、その終わりの運命は変えられない。他愛ない好奇心の「観察」から始まった「交流」で、「死ぬ」ということの意味の重さを知り、人の遺した思いを受け継ぐことの大切さを感じる本書。まだ年端もいかない3人の小学生が、人として生きるための力を手に入れた、悲しくも心温まる物語。

・きみの友達

定番の重松清著の全10篇からなる短編小説集。
まずは何よりひとつひとつの分量が短くさらに読みやすいので、あまり小説が得意でない子にも間違いなく勧めることのできる一冊。だからといって内容が薄いわけでもないのも良いところ。
本書の中に描かれているのは、集団の中にある自分というもの捉え方。小学生の時は、なんとなく友達と一緒に遊んでいることが普通だったのに、思春期を迎えるとそれぞれ強い自我が芽生えてくることで集団の意味というのは変わってくるもの。そしてタイトルにあるような『友達』の意味も変わってくるはず。今まではみんな仲良しの証だった「一緒に行動する」ということが、周囲からの同調圧力に変わり暴力的なものにさえ感じられてくる。一人になるということは寂しいことだったのに、集団から弾かれてこそ見つかる一人の良さも見えてくる。そして、集団からあぶれて一人になったときこそ、心から信じ合える友達に出会えることもある。
社会の中で、そして集団の中で生きるということはどういうことなのか、友達とはどういう存在なのか。中学時代にこそ読みたい名作。

・さよなら、田中さん

当塾にも置いてある、中学生自身に中学生の可能性を感じてほしい一冊。
というのも、これは中学生作家の作品。その内容は、著者が中学生であることを感じさせないクオリティーと、中学生だからこそ書ける瑞々しい感性が織りなす素晴らしい出来。社会に対する問題も、それを切り取る視線も素晴らしいと言わざるを得ない作品になっている。しかし、やはりそれよりも、これを読む中学生には「自分と同じ年代の子にも、こんなことができるんだ」ということを感じてほしい。そうでなくても、中学時代というのは少しずつ大人になっていく自分と子ども扱いする社会の狭間で苦悩するもの。そんなときだからこそ、その気になればここまでできる、中学生であってもこんなに素敵な小説を書いて「小説家」になることもできる。そんな事実がもたらす希望の大きさは、計り知れないものだ。

YoutubeやLINEばかりに時間を費やしてはいないか?スマホは確かに便利なものだけれど、それはあくまで人間が主体的に使いこなしてこそ。スマホに支配されてしまっている自分がいないかどうかを見つめ直してみよう。

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