「親身の指導=手取り足取りの面倒見」ではない!

「親身の指導」を謳う塾は多い。かく言う当塾もその例外ではないけれど、この「親身」の捉え方は千差万別だ。

分からないことは親切丁寧に…は「諸刃の剣」だ。手取り足取りの面倒見は一見すると良さそうではあるけれど、行き過ぎると子どもの成長の機会を奪いかねない。
CLEARの指導理念は「学習指導を通じた人間力の錬成」。点数の取り方や成績の上げ方という、いわゆるテクニック的なものに終始するのではなく、「人間的成長」が根っこにある塾だ。そしてその結果としての点数アップや志望校合格を希求していく。

「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えよ」という言葉は教育の世界ではよく出てくる言葉の一つ。「空腹の人に魚を与えても、一時的に飢えをしのげるだけで、根本的な解決にはならない。いつでも自分の力で魚を手に入れられるように、魚の釣り方を教えるべき。」というような意味。お腹を空かせた人に魚を与えることは、手っ取り早く空腹をしのぐ方法かもしれないけれど、その人はまたやがて空腹になるし、その度に誰かに食べ物をもらい続けなければならない。それよりも、魚の釣り方をしっかりと教えてやれば、その人は一生お腹が空いて困るようなことはない、というような解釈だろう。子育てやコーチングの世界でも共通することだとは思うけれど、もしかすると、これすらももはや古く、魚の釣り方自体も自ら考えよ、となりつつあるのかもしれないが…。

このようなことを地で行くわけではないのだが、これに近い指導をしているのが当塾。「手取り足取り」「親切丁寧に」は、行き過ぎると子どもに依存心ばかりを植え付けかねない。「分からなければすぐに教えてもらえる」は、その捉え方次第では子ども自らが考える機会を奪うことになる。それに、知識偏重の時代はとうに終わっていて、これからは「覚える」ではなく「考える」がより一層必要な学力となってくる。「くっつきすぎず離れすぎず」という適度な距離感は、指導する側とされる側には絶対に必要だ。いわゆるトップ校といわれる難関校の合格者の多くは、集団塾出身者に多いというのも現実。かと言って個別塾や家庭教師がダメということでは決してない。あくまで、子ども自身の性格や現状の学力を客観的に把握したうえで、また何を目標とするかで、どのような学習形態がより効果的か、ということだけだ。

その中にあって、CLEARでは8名限定の少人数制集団指導という形態をとっている。周りと切磋琢磨できる適度な緊張感を保持させつつ「個」を見つめられる指導環境で、子どもたちは学んでいく。教科学習や受験を通じて、子どもたちは自ら考え、志を立て、時には壁に直面し、それを乗り越える術を身につけていこうとする。我々講師陣も最大限の後押しはするも、あくまで子どもたち自身の力で乗り越えられるようにはたらきかける。だから厳しいことも言う。時には突き放すこともある。壁を越える経験は大事だ。

時流なのかハテサテ…。それにしても、一昔前に比べると、精神的に脆い子が増えたように感じるのは俺だけだろうか。少し厳しいことを言うと直ぐにへこたれてしまう子の多いこと。家でも学校でも塾でも、少子化の影響からか大事に大事に育てられ過ぎてしまい、それこそ「温室」育ちとも言える過保護化が子どもを弱くしてしまったのか。俺自身も含めて、子どもにかかわる立場の大人として、中長期的な視点で子どもたちの健全なる成長を後押ししていかなければならないと感じる今日この頃だ。

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